ベースを弾けない日が続いてもベースは続いている話 – NPC

「最近、全然弾けてないな」――楽器を持っている人なら一度は感じたことがある気持ちじゃないかと思う。自分も年に何回かこの感覚に襲われる。仕事が立て込んだり、生活のペースが乱れたり、理由はそのときどきで違うけれど、気がつくとベースを手にした記憶が一週間以上ない、みたいな状態になっている。
そういうとき、頭の中にもやっと浮かぶのが「自分はもうベース弾きとは言えないのでは?」という疑念だ。SNSを開けば毎日のように練習動画を上げている人がいて、それと比べると自分のサボり具合が情けなくなる。けれど最近は、「弾いていない期間がある=続けていない」とは限らないんじゃないか、と思うようになってきた。今日はそのあたりの話を書いてみる。
こうやって並べてみると、自分が「やめた」側に振れていないことは案外はっきり分かる。続けているか否かは、頻度ではなく「自分の中での位置」の話なんだと思う。
このあたりは、フリーランスで仕事のリズムが不規則な自分にとって特に効いている。決まった時間に決まったメニューをこなすのが難しい暮らし方をしているからこそ、「最低ラインを下げる」ほうが結果的に長く続いている。
この「戻ってくる」が定期的にあるなら、トータルではちゃんと続いていると言っていいと思う。直線的に右肩上がりに上達するイメージで自分の趣味を測ろうとすると、たいていの社会人趣味は「停滞」か「後退」に見えてしまう。けれど、波があって戻ってくるサイクルこそが、長期的には継続の本体だ。
仕事の繁忙期が抜けたあと、ふと「そろそろ弾きたいな」と思ってベースを手に取る。その瞬間にちゃんと自分の趣味として機能している。これは他人に証明するものでもないし、SNSにアップする必要もない。本人の中で続いていれば、それで十分だ。
「弾けてない日」と「やめてしまった」は別物
そもそも「続けている」とはどういう状態を指すのか。週に〇日触っているとか、毎月〇時間練習しているとか、明確な定義があるわけじゃない。なのに「続けていない=怠け者」みたいな空気感だけは強くて、自分で自分を責めることになる。 でも冷静に考えると、楽器を続けてきた人にとって「触らない期間」は普通にある。仕事で繁忙期が続けば物理的に時間が取れないし、引っ越しや体調不良で道具を出せない時期もある。その期間中も自分の中で「ベース」は依然として趣味のひとつとして座っているし、消えてはいない。やめた状態
- 楽器を売却・処分した
- 戻る気がもうない
- 音楽そのものへの関心が薄れた
続いている状態
- 道具がまだ手元にある
- 「また弾きたい」と頭の片隅にある
- 音楽は聴き続けている
それでも「続けている」と言える3つの理由
ここからはもう少し個人的な話を。自分自身が「弾いていない日が続いてもまだベース弾きだ」と思える根拠を、3つに分けて書いてみる。1. 手に取るだけの日があるから
練習として成立しないレベルでも、ベースを手に取る日がある。チューニングだけして、数フレーズなぞってしまう。それだけで終わる日も多い。「これは練習じゃない」と思いつつも、楽器との物理的な接点をゼロにしないことは、自分にとって大事な行為だ。 仕事のある日は朝から晩までモニターと向き合っているので、夜にちょっと触るだけでも頭の切り替えになる。「練習」のハードルを高く設定しすぎると、忙しい時期に完全にゼロになってしまう。だから「触ったらカウント」くらいゆるい基準で生きている。2. 弾いてない期間も音楽を聴き続けているから
これは意外と本人の中では大きい。手を動かしていないだけで、耳と頭は動き続けている。好きなベーシストの音源をBGMにしていたり、新しく出たアルバムを聴き込んだり、「このフレーズどう取ってるんだろう」と運指を妄想したり。 こういう時間は、楽器を触らない期間の自分にとっては「目に見えない練習」みたいな位置付けになっている。久しぶりに楽器を構えたとき、脳内のストックが思いのほか溜まっていて、すんなり手が動くことがあるのはこのせいだろうと勝手に思っている。3. 戻ってきたときに体が覚えているから
ブランクが空いて「もう何も弾けないかも」と覚悟してベースを手に取ると、意外と指は動く。スピードは落ちているし、スタミナはもっと露骨に落ちているけれど、フレーズや運指の感覚は残っている。これは長く続けてきたからこそ得られた財産だと感じる。 逆に言えば、「全部リセットされたら終わり」と思っていたら、ブランクが怖くなって余計に楽器に戻りづらくなる。体は思っているより覚えていてくれる、と信じることが、結果的に長く続けるコツになっている気がする。「続ける」のハードルを下げる工夫
ここまで偉そうに書いてきたけれど、実際のところ自分も「ちゃんと練習しないとな」とずっと思っている。ただ、そのプレッシャーで楽器に触らなくなる本末転倒を避けるために、いくつかゆるい仕組みを作っている。すぐ手が届く場所に置く:ケースに入れて押入れにしまうと、出すまでの心理的ハードルが上がる。スタンドに立てておくだけで触る回数が変わる。仕事の手が止まったらサッと手にとって1曲演奏するとかとてもいい気分転換になる
「練習」と名前を付けない:「ちょっと触る」「音出すだけ」と呼ぶと再開しやすい。練習と呼んだ瞬間にメニューを組まないといけない気がしてしまう
下手な日を許す:指がもつれる日、グルーヴが出ない日、全部ある。それを「だから今日はやめとく」にしないで、5分だけ弾いて閉じる
音楽を聴く時間も含めて「続けている」とカウントする:インプットを練習の一部に加えると、忙しい期間も継続実感が途切れない
戻ってくるサイクルがあるなら、それは続いている
趣味の続け方の話で、自分の中でしっくりきている考え方がある。熱が高まる時期
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仕事や生活で離れる
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また戻ってくる