在宅ワークと子どもの休みが重なる日々のこと
コロナをきっかけに在宅ワークになって、もう数年が経つ。最初は「家で仕事できるなんて、苦痛な満員電車に乗ることもないし、片道に1時間半かけていたことも無くなるし、めちゃくちゃ楽じゃないか」と思っていたが、子どもたちの春休み・夏休み・冬休みが来るたびに、それが甘い見通しだったと思い知らされる。
普段は朝ごはん作って、みんな送り出して片付けして仕事。の流れにプラスしてこっちが仕事に集中して作業に没頭してようが、耳にイヤホン挿して打ち合わせで電話してようが、そんなことお構いなしに話しかけてくる。宿題でわからないところがあると、毎回聞きにくる。正午すぎになると、3人が3人とも「お父さんお昼ご飯なに?お腹すいた!」。14時30分くらいになると3人ともソワソワし出す。そして15時キッカリに「おやつは?」。17時か18時ごろになると、「お父さん今日の晩御飯はなに?」。習い事の時間になったら促し、夜の空手は道着だのなんだの準備し、軽食を用意する。これらの繰り返しを長期休みのあいだ毎日やっている。大変か大変じゃないかでいえば、正直大変だ。
でも、それだけじゃないとも思っている。
食卓が情報収集の場になる
子どもは学校のことをなかなか話さない。「今日何があった?」と聞いてもたいてい「何もなかったよ」で終わる。「楽しかった?」と聞くと「楽しかったよ」。「嫌なことはあった?」って聞くと「それはなかった」。でも、ご飯を食べながらだと違う。なんとなく話が出てくる。放課後に何してたとか、誰かとちょっとあったとか、そういうことがぽろぽろ出てくる。
在宅じゃなかったらなかなかその時間を持てない。朝も昼も夜も家にいるからみんなでご飯を一緒に食べることができるわけで、それがなければ聞き逃していたエピソードがたくさんある。子どもの顔を見ながら話を聞けるのは、在宅ワークの副産物として、かなりでかいと思う。
食卓はカオスでもある
食事中に席を立つ。ふざける。最終的におならをする。
怒る。
これが毎回だいたい起きる。いつになったらこの流れが終わるんだろうと思いながら、でもまあ面白いといえば面白い。子どもが小さいうちだけの光景だと頭ではわかっているので、怒りながらも心のどこかで「これもそのうち終わるな」と思っている。たぶん。
しかし、何度怒られても、また同じことをする。ほぼ毎日。バカなのだろうか。
いや、自分も大バカだったな。
そういうカオスも含めて、昼の時間が一種のリセットになっている部分はある。仕事の途中に強制的に席を立って、全然別のことに巻き込まれて、また戻る。やれやれ。
在宅だからできる家のこと
急な雨が降ったとき、洗濯物を取り込める。晩ごはんの仕込みを昼間にできる。買い物を平日の空いた時間に済ませられる。通院もそれほど大事にならない。
これが出社していたら全部できなかった。
急な雨は見て見ぬふりをするか、パートナーに頼むか、あきらめるしかない。
晩ごはんはたぶんパートナーに任せっきりだっただろう。
通院は半休を取らないといけない。
小さいことだけど、こういうのが積み重なって日常の余裕になっている。「在宅ワーカーの生産性が〜」みたいな話じゃなくて、もっと地味な話として、家のことを回せるのはシンプルにありがたい。
この環境はworksIDがあったから成り立っている
在宅ワークが続けられているのは、自分の努力とかスキルとかいう話以前に、仕事をくれる先があってこそだ。自分の場合、その大きな部分を支えてくれていたのがworksIDだった。
代表は、自分がバーテンダーをやっていた頃からの付き合いだ。Web制作とはまったく関係のない時代から知ってくれている人。自分が仕事を失ったとき、「業務委託でよければうちにくる?」と声をかけてくれた。あの一言がなかったら、今のフリーランス生活は始まっていなかったと思う。
今は訳あって業務委託ではなくなったけど、それでもちらほら仕事をいただいている。あの期間に積み上げたものが、今の自分の仕事スタイルを作っている。在宅で子どものご飯を作りながら仕事をしていられるのも、あの時間があったからだ。
感謝という言葉は軽くなりがちだけど、これは本当にそう思っている。これからも良いかたちで関係が続けばいいなと思っている。
まとめ:大変だけど、悪くない
在宅ワークは万能じゃない。こどもたちが休みのたびに食事の準備と片付けが増えるし、子どもに振り回されて集中が切れることも多い。それでも、子どもの顔を見ながら一緒にお昼ご飯を食べられる日々は、出社していたら得られなかったものだ。
フリーランスで在宅を続けていると、「自由でいいですね」と言われることがある。自由かどうかは微妙なところだが、「家にいられる」という事実は、思っていたより大きかった。仕事の話じゃなくて、生活の話として。
おならで怒らなくていい日が来るのが先か、子どもが巣立つのが先か。どちらにしても、今しかない時間であることはたしかだ。
※この記事はNPCの中の人の実務経験をもとに書いています。